アートディレクターからのメッセージ

るんびにい美術館アートディレクター 板垣崇志

るんびにい美術館の事業について、その目指す社会について。
事業にとっての本質的な課題は、あらゆる社会的マイノリティ(少数派)への社会の疎外という問題です。一生をマジョリティ(多数派)で過ごせる人はいません。どんな人も病と老いによって必ずマイノリティとなり、この問題の当事者になります。

人の社会に「疎外」は宿命のように深く根を下ろしています。なぜ、人間は「疎外」を必要とするのか。巨大で複雑な課題ですが、その根底に人間の心があるのは確かです。私たちは「表現」の力を介した「心」へのアプローチを通して、経済的生産性に偏らない多様な価値への信頼を、社会に促したい。

アートは心の世界と物の世界の境目に生まれます。疎外は、本質として物の世界を支配する仕組みの有限性(例えば貨幣や物的資源の有限性、時間や空間などの有限性)から発生して心に影響を及ぼし、心の問題となります。心は常に物質との間に軋轢を抱き、だいたいは劣勢です。その軋轢のはざまにアートは生まれます。

そんな中で、私たちの「命」が本当に欲しているものは何か。軋轢の中でも「命」に目を向け、意識し、考える社会。社会がそんな価値観を成熟させていく中に、この軋轢を乗り越える道、疎外を克服していく道があるのではないか。そう考えて、見る者の「命に触れる」アートをるんびにい美術館は発信します。

私たちが「命」と呼ぶものとは、一体何なのでしょうか。命に生かされる私たちの生は、何を求めて営まれているのでしょうか。

単なる生存以上の生が許される状況下において、人は心の充足を求めます。心の充足とは、心における「欠乏感」からの解放です。多くの場合において、人は幸福の増大を所有の拡大、すなわち自分の意のままに支配できる物ごとを増やすことで達成できると見なしています。

しかし、私たちが生きる世界は、少なくとも物的次元に限って見る限り宿命的に有限です。有限なこの世界において所有のみを追及することは、必然的に争いや貧富や差別の付け火となります。幸福の追求が目的に反して人を失意へと導き、さらなる欠乏を生み出すのです。

またあらゆる所有は、所有の根拠である「自己」の不可避な喪失――「死」によって失われてしまいます。所有による幸福は、幻影のようにあまりにも不確かです。

争いや事件などさまざまな人為による不幸のなかで、人間の「欠乏感」が背後に存在しないものはあるでしょうか。所有の拡大――言い換えるなら「自己の肥大化」による幸福追求は、決して成就し得ない誤った方法であるばかりでなく、その志向そのものが人間存在の「病」であると言うべきかもしれません。

描き、奏で、舞い、詠う。
そうした営為は太古より、人間の意識が物質世界の無数の呪縛を離れ、解放された自身の心の深奥へ、あるいは自由や無限性の理想へと飛躍しようとする行為でした。
ただ生存することでさえ困難な時代にあっても、その行為が人間の世界に絶えたことはありませんでした。それは人間が自身の内なる世界へ、さらにはその彼方の命へ――すなわち根源的な永遠性へと帰ることを求めずにはいられない存在であることを意味しています。

命は万物が共有するただ一つの根源であり、平和や平等や愛の本質的な基盤です。命は一切の「所有」が成立しない世界であり、それゆえにあらゆる束縛が意味を失い、真の自由が回復されます。命とは、移ろうことのない真の充足そのものです。

しかし幾時代を通じて所有を追い求め続けるうちに、人間はいつしか命の姿を見失いました。人間は本当の充足の在り処を失い、常にさまよい、常に飢えを覚え、常に不安にとらわれる存在となりました。人間の芸術もまた、肥大した自己のゆがんだ鏡像へと変質し始め、その本来の力を忘れかけてはいないでしょうか。

るんびにい美術館は芸術表現がもつ力を、「人間を命に回帰させる力」と捉えます。芸術とは本来、「文化」などという名の小さな枠組みを遥かに越えて、人間存在の根源と直接に結びつき、人間の意識を人間が本当に求めている場所へと解き放つ力を持つものです。

人間にとって本当の幸福への道は、命の記憶を回復することからのみ始まります。自身が命であることをもう一度知るのです。

私たち一人ひとりの生命観を成熟させ、一人ひとりの成熟した生命観を基盤とした社会を生み出していく。
るんびにい美術館が目指すものです。

るんびにい美術館
アートディレクター 板垣崇志

ABOUT

るんびにい美術館について

るんびにい美術館外観

るんびにい美術館は、社会福祉法人光林会が運営する
アートと憩いの空間です。
私たちはアートを通してボーダレス(境界のないこと)を目指します。

所在地
〒025-0065 岩手県花巻市星ヶ丘1丁目21-29
TEL
0198-22-5057(ギャラリー・アトリエ)
0198-29-5395(カフェ・ベーカリー)
開館時間
10:00~15:30
定休日
火曜日・水曜日定休
入館料
入館無料
運営
社会福祉法人 光林会